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知らない物語:1033

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狂気と妄想の物語:21

◎カリオストロ伯爵/2◎

35歳の時、カリオストロがロシア帝国のサンクトペテスブルクに
到着した時など、危険な狂人を治療したことがあった。
その狂人はエカテリーナ女帝の大臣の弟で、自分のことを
神以上の存在と思い込んでいた。彼がいったん怒り狂うえば、
ものすごい力で手がつけられなかった。伯爵は鎖につながれて
どう猛そうににらみ返している狂人に近づくと悪魔払いをするように
呪文を唱えて叫んだ。狂人は強い一撃を受けて麻痺したように
仰向けに倒れてしまった。これ以後、その狂人は憑きが落ちたように
急に大人しくなり始め、やがて、数週間後には
妄想状態から抜け出して正気を取り戻していったのである。

ある夫妻の死にかけている赤ちゃんを1日で治してしまった
こともあった。感激した夫妻がカリオストロに礼金を
渡そうとしたが、彼は人間の情からしたまでのことだと言って
どうしてもその金を受け取らなかった。
しかし、このような奇蹟のような治療は本来、正規の医学教育を
受けていた医師からすると屈辱であり、許しがたい詐欺行為であった。
エカテリーナの主治医だったロジャーソンなど、自分が見放した
患者をカリオストロがものの見事に治してしまったせいで、
大変な恨みを抱いていた。主治医は正規の教育も受けたことのない
いかさま師にこのような無礼を許すことが出来るかと
息巻いて押しかけて来た。主治医は多くの前で医師として
対決し、貴様のインチキを暴いてみせると言い放っていた。

それに対し、カリオストロが言ったことは
「では、我々は医師としての武器で戦うことにしよう。
あなたは私が与える砒素を飲む。私はあなたから与えられる
毒を飲む。それで、死んだ方が負けとしよう」この言葉を聞くなり、
主治医は青ざめて一目散に逃げ帰ってしまったという
エピソードもある。やがて、カリオストロは貧しい人々への
無料の治療行為を始めた。毎日、たくさんの人々が
伯爵の部屋にやって来た。足の悪い人、目の悪い人、耳の悪い人など
さまざまな不幸をしょった人々が続々と詰めかけて来た。

伯爵はそれらの人々に適切な指示を与えながら、
薬を配って勇気づける。しかも、伯爵は彼らに体力を
つけるための肉のスープを買うための費用まで与えてゆくのである。
今や、伯爵は貧民や庶民に愛される存在だった。
人々は伯爵の膝を抱き、さまざまな敬愛の言葉を投げかけるのだ。
このようなカリオストロの民衆相手の無償での治療行為は
エカテリーナ女帝や体制側の人間に脅威を与えることとなった。

いつ何どき、人々の心の中に民衆の体制への反抗心を
芽生えさせることにもつながるからだ。反抗心は暴動を呼び
やがて革命を起こしかねないのである。
エカテリーナの敵意は次第に大きくなり伯爵の行為を
反逆罪に触れるものであるとまで公言し始めた。
このままではいずれ、投獄され処罰されることになりかねない。
この脅迫が現実にならないうちに伯爵夫妻は
ロシアを出ていかねばならなかった。

次に伯爵夫妻が向かったのはポーランドのワルシャワだった。
ここでも、たちまちオカルト的な技と魅力で人々を引き寄せ
人々に熱狂的に指示された。中には伯爵がいかさま師だと
名指しする人間もいたが、伯爵が当人しか知り得ない事実を話すと、
彼らの目から疑いの色が見る見る消えていくのであった。
更に、当人に起こる未来の出来事を口にして追い打ちをかけると、
今度は目を輝かせて伯爵の熱狂的な賛美者に変化していくのである。
こうして、ほんのわずかの間で多くの人々が
伯爵の熱狂的支持者となっていった。

ある日、女帝の側近で大蔵大臣のポニンスキーが
自分の領地で錬金術の研究を行なって欲しいと言って来た。
ポニンスキーの出した条件は最高と言えるもので、
必要な材料は全て揃え、時間に縛られることもなく、
熟練した助手もつけるというものだった。
ポニンスキーは大変欲が深い男で、カリオストロなら、
もっとも複雑な変成、即ち黄金を製造することが出来るだろうと
考えていたのである。そのうち、彼は伯爵に銀や金を
作って見せて欲しいとせがみ始めた。

かくして、カリオストロは銀を作り出す錬金術を
披露することとなった。彼はまず比較的簡単な実験、
つまり水銀から銀への変成をやってみようということになった。
伯爵は自信満々な様子で、上着を脱ぎ全身をエプロンで覆った。
材料として500gの水銀と鉛が少々用意された。伯爵が言うには
水銀をフラスコに入れ、鉛の抽出物を30滴加える。
少し、フラスコを揺らすと色が灰色に変わる。
次にそれをボールに移し、赤い粉を少々ふりかける。
そして、全体を石膏で塗り固めるのである。

30分後にボールをかち割れば、底の方に純粋な銀が
出来上がっているはずだというのである。
そして、30分が経過してボールが割られると、
果たして底の方に450gほどの純銀が卵状になって
溜まっているではないか!まさに、カリオストロが
言った通りだったのだ。興奮したポニンスキーらが喜び勇んで
伯爵を取り囲んだ。そして、子供が駄々をこねるように、
次はぜひ黄金を作って欲しいとせがみ始めたのである。

しかし、その中に大変疑い深い男がいてカリオストロの功績を
台無しにしてしまった。その男は実験に何かごまかしが
あったのではないかと考え、研究室の床から庭の隅まで
徹底的に嗅ぎ回った挙句に、遂にすり替えられたと見られる
フラスコを汚水溜めから発見したのである。
彼は伯爵が背景を黒一色にして部屋を暗くしたのも、
大きなエプロンをかけたのもトリックを行なうためだと主張した。
そして、鬼の首でも取ったように発見した証拠を
突きつけたのである。こうなると、もう何を言っても無駄だった。
そのうち、熱烈な弟子まで伯爵に疑いの目を向け始めた。

自暴自棄になったカリオストロは全員に呪いの言葉を
浴びせ始めた。お前達のその猜疑心の強さ、どん欲さは
いずれ破滅を持たらすであろう。こんな愚か者は相手にしている
暇はない。そう言うと、彼とセラフィーナは荷造りを始め出した。
かくして、ワルシャワに着いてまだ半年にもならないというのに
カリオストロ夫妻はこの町も出ていかねばならなかった。

次なる目的地はフランス、ベルサイユであった。
しかしここで、伯爵は史上名高い首飾り事件に巻き込まれて
投獄されてしまうのである。実際、この事件が
カリオストロの生涯に与えた影響は大きいものがあった。
当の伯爵はその時、身に降り掛かる運命を予測し、
得たのであろうか? ここで、世紀の大事件‥ある意味では
フランス革命の序曲ともなったダイヤの首飾り事件について、
そのあらましを説明しておこう。

首飾り事件とは、ジャンヌという女詐欺師が仕組んで
起こった事件である。後にこの女詐欺師はキルケーという
あだ名をつけられたほどである。キルケーとはギリシアの伝説に
登場する男をたぶらかし、破滅に導く邪悪な魔女のことである。
ジャンヌは貧困の中で生まれ、少女時代はひたすらスラム街で
機知を磨いて育った。彼女の父親はかつて、男爵の称号があったが、
その後、落ちぶれて飲んだくれの落伍者と成り果てていた。

悲しい境遇から抜け出すためにはあらゆる要素を利用しなければ
ならなかった。うまい具合に彼女はスタイルがよく、笑うと
魅惑的な表情となった。つまり、不思議なセックスアピールを
持っていたのである。その上、肌の色は抜けるほど白く、
非常に知的で深い洞察力もあった。彼女はこうした自分の身上に
備わった要素を利用することを思いついた。
おまけに彼女は実に冷徹で意志が強く最後まで
目標を追求出来る性格でもあった。

ベルサイユの近くに宿を取った彼女は何食わぬ顔をして
ベルサイユ宮殿の周辺をうろつくことでうわさ話や隠語を収集した。
そして、表向きはジャンヌ・ド・ラ・モット伯爵夫人と名乗り、
マリー・アントワネットや宮廷内の有力者と親しい間柄で
あるかのように吹聴しまわっていた。彼女の目的はただ1つ、
彼女が宮廷内の有力者と親しいという話を伝え聞いて、
宮廷内に取り入ってくれと頼んで来る人間を詐欺にかけることである。

そのうち、彼女は大当たりを引き当てることとなった。
大資産家のロアン枢機卿が王妃マリー・アントワネットに
取り入って欲しいと近づいて来たのである。
ロアン枢機卿はカリオストロを熱狂的に師と仰いでいた男でもあった。
枢機卿は自分が宰相の地位になれないのはかつて、
マリー・アントワネットに与えた悪い印象のために、
王妃に恨まれているせいだと思い込んでいた。
そこで、枢機卿はジャンヌを通じて、王妃アントワネットに
取り入ることで、何とか事態の改善をしようと考えたのである。
by tomhana0909 | 2013-08-01 03:47
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